2014年11月23日

ゲームのバラ売り。「軽さ」に拍車が掛かる

ゲーム小分け商法、成功なるか バイオハザードを4分割
http://www.asahi.com/articles/ASGCN3PSYGCNPLFA001.html

 ゲームソフト大手のカプコン(大阪市)が、来年初めに発売する人気ゲーム「バイオハザード」の新作を切り売りする。音楽がインターネットを通じたダウンロード販売で1曲ずつ買えるように、ゲームも小分けにして安くし、買いやすくする。カプコンによると、ゲームでは初めてという。 

 辻本春弘社長は、「少しだけやってみたい、という人の『衝動買い』を誘い、ユーザーのすそ野を広げたい」と話した。バイオハザードは、主人公が生き残りをかけてゾンビと戦うアクションゲーム。来年初めに出す予定の「リベレーションズ2」を、エピソードごとに四つに分けて売る。

 価格は、1エピソード分を1千~2千円にする考え。店で買うディスクなどに入ったゲームは6千円ほどするため、試しに遊びたい人が手を出しやすくなる、とみる。まず、ダウンロード販売し、その後、四つのエピソードをディスクに入れ、店で売る。ダウンロード販売では、値段を何度でも変えられるため、セールなども考えている。

 2014年9月中間決算でみると、カプコンの家庭用ゲームソフトの売り上げの4割はダウンロード。欧米を中心に過去の人気ソフトの販売が好調だ。国内でも広がりつつあり、バイオハザードの新作から新たな売り方を始める。
 

ゲーム小分け商法、成功なるか バイオハザードを4分割:朝日新聞デジタルゲーム小分け商法、成功なるか バイオハザードを4分割:朝日新聞デジタル

1つのものをあえて分割して、手軽に購入できるようにする。人参4本で1パックだと多いので、1本単位で売る。ナス3本で1袋だと多いので、1本単位で買いたい。そういう需要は確かにあるので、ゲームでも同じような発想で販売すればうまくいくんじゃないかと思うのも無理からぬこと。

昔々、ケータイのゲームで登城したFF4の続編版が小分け販売された経緯がある。FF4はファイナルファンタジー4の略称で、スーパーファミコンのソフトとして登場したのが始まり。大ヒット作だったため、他のゲーム機にも移植され、ついにケータイにも移植されていた。ケータイといっても、スマホじゃなくて、パカパカと開くケータイが主流だった頃の話。



確か、8分割か10分割ぐらいでダウンロード販売されて、1つあたり400円ぐらいだったんじゃないか。全部プレイすると4,000円ぐらいになって、1本のソフトを購入するぐらいの値段になるのが小分け販売のカラクリ。1エピソードをプレイすると、続きが気になり購入する。さらに、エピソード2をクリアすると、次の3が気になる。というように、続きを期待させ、次のものを遊ばせるのが上手い仕掛け。途中で飽きたらそこでヤメれば支出が止まるので、これも利点。

ちょっとだけお試しでプレイしたい人の需要に応えるのがゲームの小分け販売なのだろうけれども、何だかゲームというものがドンドン軽いものになっている気がする。スーパーファミコンやゲームボーイが主流だった頃は、ソフトが1つで4,000円ぐらいから10,000円ぐらいで、ちょっとオカネを貯めないと変えないぐらいのシロモノだった。ゲームボーイのソフトが3,800円から4,800円ぐらい。スーパーファミコンになると、安くても8,900円、高くなると1万円を超えて11,800円とか12,400円なんてソフトもあったぐらいゲームソフトは高価なものだった。

そのため、自ずとどのゲームを買うかを決める際には真剣になった。小学生には8,800円や11,800円のソフトを買うなんてそう簡単にできることじゃなかったので、ソフトを厳選するのは日常茶飯事だった。厳選の結果選んだソフトは、最後までやり遂げるし、途中で放棄したソフトは片手で数えられる程度で、ほぼ全てのゲームをクリアするまでプレイした。何本も購入できないから、買った少ないソフトをやり込むしか他に選択肢がなかったのが最大の理由だろうけれども、妙に真剣になっていたのは確か。

2014年の現在では、ゲームの敷居が下がって、スマホだとタダでゲームができるし、3DSやPS4のソフトでも、昔のソフトと比べて随分とリーズナブルになった。昔のゲームよりも遥かに高度なものになっているにもかかわらず、価格は安い。何だか不思議な感じがするが、スマホの無料ゲームからプレッシャーを受けているので、あまり高価なソフトだと遊んでもらえないと作り手に思わせるのかもしれない。

最近はゲームが簡単に手に入るので、どうも「やりたい」という気持ちになれない。すぐに手に入るという気持ちになると、それに対する欲求というか、渇望感のようなものが無くなるのかもしれない。20年ぐらい前はやっと手に入ったゲーム機、ゲームソフトという感覚があったので、「何としてでも遊びつくす」という執念のようなものがあった。

何もないところに1個のリンゴが手に入れば、そのリンゴの価値は高い。今までなかったモノが手に入るのだから1個目のリンゴはありがたい。しかし、すでに100個のリンゴがある状況で、追加的に1個のリンゴを手に入れたとしたらどうなるか。リンゴの数が100個が101個になっても、おそらくさほど嬉しくはない。もう100個もあるのだから、もう要らないと言うはず。

ゲームの状況もこれに似ている。スマホでゲームができるし、PS4などの据え置きゲーム機でもゲームを遊べる。さらには、3DSやPS Vitaのような携帯機でも遊べる。こうなると、選択肢が多すぎて、1つ1つのゲームが有難くなくなる。その結果、ちょっと遊んでは捨てて、ちょっと遊んでは捨ててと、やり込むことなく次のゲームに手を伸ばす。もしくは、1つのゲームを落ち着いてやらない。そんな状況になりかねない。

とはいえ、小学生ならば、スマホを持っている人は少ないだろうし、ゲーム機の3DSだけで、ソフトは数本だけ。そういう環境ならば、今でも特定のゲームをやり込む動機があるので、ゲームに軽く接することもあまりないように思う。しかし、スマホを持って、ゲーム機も何台も持っている、そういうヒトたちの仲間に入ると、1つ1つのゲームをジックリやりこむ気持ちが薄れていく。

ゲームの小分け販売は良い方法ではあるけれども、ゲームに対する「軽さ」に拍車を掛けるという欠点もあることは指摘しておきたい。